こぼれ話

2018.07.06

ギャグセンスを磨け!

友達を作るのが難しい、とずっと感じてきました。

女子は学校や職場で群れを作るものですが、どうにもなじみませんでした。

とはいえ「お友達がいない」のが「恥ずかしい」時代。

持てるだけの社交性を発揮して

「一緒にいる」ことを共有してくれた子もいたわけですけど

したい話ができない不満と楽しくない話を聞く苦痛が常にありました。

 

子供時代の理不尽さとは、いる場所を自分で選べないということに尽きます。

与えられた場所で望むものが転がっている僥倖もありますが、そういうのは運です。

大人になって

同じ趣味を持つ人や、考え方が似ている人に出会う力が備わってくるわけですけど

それでも「この人!この場所!」がピンポイントで来ることは稀です。

 

そして最近気が付いたのですが

「自分が真に求めているもの」の正体が案外あやふやではなかと。

「感覚が似ている人と話がしたい」

「〇〇について語りたい」

「こういうことわかってほしい」

という欲求を分解していくと、どんどん細分化されていって案外違うところに辿り着いたりします。

 

ではどのへんに鼻をきかせればいいのか?と考えたとき

「ギャグセンスが似ている人」

という答えをもらってこれじゃないのか!とときめきました。

(言ったのはアーティストの志磨遼平さん。アイコンに同じ)

ギャグセンスって、その人を形成したほぼ全部が入ってるんじゃないでしょうか?

何を面白いと思い?

何を毒として?

関わってきたカルチャー

時代

言葉の選び方

 

ギャグセンスというと、「おもしろいことを言う人」「笑い話」

がちらつきますけど、それに限らないと思います。

まじめな話の中にも冗談がある、みたいな感じ。

 

同じ志があったり、共通の趣味があったり、境遇が同じだったり。

他人の中に自分と交わる部分を見つけるのは大きな喜びです。

でも価値観の違う人と楽しく話ができるのはもっと幸せなことだとも思います。

それをつなぐのが「ギャグセンス」なら、磨くほかないよな!などと思うのです。